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『城跡』という関連キーワードがついているイベント・観光情報一覧 ( 該当25件 )

千葉市
【千葉城跡】
千葉市
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千葉城跡は、現在、千葉市立郷土博物館、千葉県立中央図書館、千葉県文化会館、亥鼻公園などがあります。また、亥鼻公園内には土塁跡もあります。千葉常胤は大椎城(現在の土気町)に生まれ源頼朝を助け鎌倉幕府樹立に大功を立てました。常胤は鎌倉御家人の中でもことのほか重鎮として頼朝から重く用いられその嫡流は代々下総の守護職に任じられています。千葉城(猪鼻城・亥鼻城)は千葉氏最盛期の城主でありました。城跡の亥鼻公園は桜の名所として親しまれています。城跡は千葉市の史跡に指定されました。
場 所 : 千葉市中央区亥鼻1-6-1 市指定史跡 連絡先 : 千葉市立郷土博物館 043-222-8231
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野田市
【千葉県立関宿城博物館】
野田市
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千葉県立関宿城博物館は、千葉県の最北端で利根川と江戸川の分流点のスーパー堤防上にあります。「河川とそれにかかわる産業」をテーマに利根川とともに河畔に生きた人々の生活や、歴史を分かりやすく展示紹介しています。建物は平屋建てで、一部にかつての関宿城の天守閣を忠実に再現しています。4階の展望室からの利根川や江戸川の流れと関東一円の山並みなどの眺望は平成18年「ちば眺望100景」に選定されました。
場 所 : 野田市関宿三軒家143-4 千葉県立関宿城博物館 連絡先 : 千葉県立関宿城博物館 04-7196-1400
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佐倉市
【甲冑試着体験】
佐倉市
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甲冑試着体験は、武家屋敷で甲冑を当時の作法により試着することができます。甲冑とは、鎧兜(よろいかぶと)のことで、武士達が戦の時、身体を保護するために身に付けた武具です。現在、江戸時代に佐倉藩士の住んだ武家屋敷が3棟公開されています。佐倉城跡の東に位置する宮小路町にあります。江戸時代の武家の暮らしぶりを知ることができます。3棟は、それぞれ等級の異なった屋敷に相当すると推定され、3棟を比べると建坪のほか玄関、長押、畳の種類や造作の違いに当時の厳格な規定の一端を知ることができます。
場 所 : 佐倉市宮小路町57 武家屋敷 連絡先 : 佐倉市文化課文化財班 043-484-6192
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印西市
【月影の井】
印西市
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月影の井は、鎌倉の「星影の井」、奥州二本松の「日影の井」とともに「日本三井」の一つといい伝えられています。印西市の北西部にあり、ここから300m西に中世城跡の龍崖城の城跡があります。城主が産湯や行水に使用したともいわれています。昭和43年(1968年)4月25日に印西市の史跡に指定されました。
場 所 : 印西市浦部126-1-2 市指定史跡 連絡先 : 印西市生涯学習課 0476-42-5111
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香取市
【城山公園】
香取市
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城山公園は中世に入ると城が築かれました。16世紀末に廃城となり今では城跡として本丸跡が一部残っています。その後、城山は個人の別荘となりましたが現在は子供からお年寄りまでみんなが憩える総合公園として生まれかわりました。北総地帯随一の桜の名所として知られ近隣からも多くの人々が訪れます。
場 所 : 香取市小見川4779 城山公園 連絡先 : 香取市小見川区まちづくり課 0478-82-1118
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酒々井町
【本佐倉城跡】
酒々井町
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本佐倉城は、文明年間(1469年~1486年)千葉輔胤(すけたね)によって築城されました。以後百余年、天正18年(1590年)、豊臣秀吉により千葉氏が滅ぼされるまで当主九代にわたり下総の政治・経済・文化の中心となっていました。現在でも当時のままの土塁や空堀などが残されています。平成10年(1998年)9月11日に国の史跡に指定されました。
場 所 : 印旛郡酒々井町本佐倉字城ノ内 連絡先 : 酒々井町社会教育課 043-496-1171
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茂原市
【本納城址】
茂原市
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本納城址は、房州里見の支城でした。造営は享禄2年(1529年)です。長南武田の進攻に備え、佐矢止砦、濱上砦を強化していた模様です。房州里見の傘下を離反した土気城主に急襲され永禄12年(1569年)3月28日に落城、城主黒熊大膳亮景吉は切腹したと記録されています。その後土気方から、城代家老、板倉右衛門がきて、統治しましたが、天正18年(1590年)に小田原落城後、徳川幕下の旗本知行地となり、廃城しました。本、中、下城址、削壁、抜穴、袋狭間、狼火台址等々、中世山城の遺構を多く今もとどめている貴重な城跡です。
場 所 : 茂原市本納3106 市指定史跡 連絡先 : 蓮福寺 0475-34-5996
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東金市
【大関城址】
東金市
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大関城址は、築城は畠山重忠の支族の重康の代(年代は不祥)とされ東金城主・酒井隆敏に攻められて落城した場所です。城跡は依古島を中心に南白亀川と真亀川に挟まれた浜堤砂丘地帯にあります。依古島の西側に低湿地帯が長く南北に続き、この自然の地形を巧みに取り入れた水城で中世の城としては珍しい存在です。本丸は現在の大関神社の地にありました。ニの丸は北部に大手門は南方と推定されています。現在は依古島、砂古瀬付近に濠、土塁、物見台跡などが残されています。昭和61年(1986年)12月16日に東金市の史跡に指定されました。
場 所 : 東金市依古島80 市指定史跡 連絡先 : 東金市生涯学習課 0475-50-1187
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【田間城址】
東金市
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田間城址は、永正6年(1509年)に酒井定隆(里見氏に仕えた戦国の武将)によって築かれた典型的な戦国時代の山城の跡です。天正18年(1590年)に東金城の落城とともに廃城となりました。田間神社の後方の台地に本丸、ニの丸を連ね、空濠、土塁、城内の跡等周囲の遺構もほぼ残り当時の丘陵城郭の姿が認められます。昭和63年(1988年)9月7日に東金市の史跡に指定されました。
場 所 : 東金市田間2126 市指定史跡 連絡先 : 東金市生涯学習課 0475-50-1187
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横芝光町
【坂田城址】
横芝光町
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坂田城址は、坂田池のほとりにある高台にありました。かって上総と下総の国境に位置し下総千葉氏により坂田城が築かれました。築城は、15世紀中頃といわれ、その後は千葉氏の家臣である三谷大膳亮の居城となりました。16世紀以降に大台城(現芝山町)から井田氏の一門が移り住むと、周辺はその城下町として発展、土地の人々は「城山」と呼び親しんできました。戦国末期の城主である井田因幡守胤徳は、佐倉城の千葉家に仕えるとともに、小田原の後北条氏の有力武将として活躍しました。
場 所 : 山武郡横芝光町坂田字登城地先 連絡先 : 横芝光町社会文化課 0479-84-1358
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一宮町
【一宮城址】
一宮町
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一宮城は、周囲を山に囲まれた天然の地形を利用した標高約30mの台地上にあった山城です。築城と落城の時期は不明ですが、天正の初め頃(1573~)に戦火で焼失したと伝えられています。通称「城山」と呼ばれ、周囲には守護神として神社や寺院が配置され、今も城に関する地名が残っています。城主は、戦国大名の里見氏の重鎮・正木大炊助氏ら正木一族と思われます。
場 所 : 長生郡一宮町一宮3403-3 町指定史跡 連絡先 : 一宮町教育委員会 0475-42-4576
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館山市
【城山公園】
館山市
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城山公園は、里見氏の居城・館山城跡を戦後に整備した公園です。山頂には、天守閣形式の博物館分館があります。ここには里見八犬伝に関する文献が展示されております。天守からは鏡ヶ浦(館山湾)を中心とした市街地が一望できます。館山市内の南丘陵に位置し、かつての里見氏の城跡にある公園です。また日本庭園・茶室・万葉の径・孔雀園他が整備され、季節に合わせて咲く桜・梅・ツツジなどと共に市民の憩いの場となっています。桜の名所として知られています。
場 所 : 館山市館山352 連絡先 : 館山市都市計画課 0470-22-3612
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【館山城跡】
館山市
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館山城跡は、里見氏9代義康が天正年間に館山城を築城し、その後約27年間里見氏の居城した跡です。城跡には、第二次世界大戦中高射砲の陣地が築かれましたが戦後は公園となりました。現在山頂には天守閣を模した館山城が建っております。
里見八犬伝に関する読本・絵草紙・綿絵などが展示されています。曲亭馬琴の有名な「南総里見八犬伝」は、10代里見忠義が伯耆(現在の鳥取県)に国替え後、不運の中に29才で世を去った時、殉死した近臣8人をモデルにしたものといわれています。城山山頂の裏側に8人の家臣の墓があります。
場 所 : 館山市館山352 市指定史跡 連絡先 : 館山市立博物館 0470-23-5212
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勝浦市
【勝浦城址】
勝浦市
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勝浦城址は八幡岬の先端三方海に臨んだ断崖にあります。築城時期については様々な伝承がありますが、城郭の形態をなしたのは、正木時忠からではないかと考えられます。それ以前は真理谷武田氏の出城か砦であったと考えられます。正木時忠がいつ侵攻してきたかは不明ですがおおよそ天文8年(1539年)から天文10年(1541年)にかけてではないかと考えられます。正木氏は時忠から正木時通、正木頼忠と続きますが天正18年(1590年)小田原落城により関東が徳川家康の支配下に置かれるとほどなく植村泰忠に接収されることになります。
場 所 : 勝浦市浜勝浦字郭内 市指定史跡 連絡先 : 勝浦市社会教育課 0470-73-1211
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鴨川市
【金山ダム付近のハイキング】
鴨川市
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金山ダム付近のハイキングは、周辺を昆虫採取や植物観察をしながらのハイキングには絶好のコースです。金山ダムは東条氏の埋蔵金伝説の残る金山城址にあります。豊かな自然に包まれ、お花見や釣りを楽しめます。
場 所 : 鴨川市打墨2359地先 連絡先 : 鴨川市観光課 04-7093-7837
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君津市
【久留里城址】
君津市
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久留里城は、平安時代末期の築城と伝えられています。戦国時代から武田、里見、土屋、黒田などの各大名が入城しました。徳川以後は近世城郭として整備されましたが明治4年(1871年)秋に廃城となりました。築城に際し3日に一度計21回雨が降ったという伝説から別名「雨城」と呼ばれています。昭和54年(1979年)に本丸跡に再建された天守閣は同時に二の丸跡に建てられた資料館とともに郷土の歴史を伝えています。江戸時代の儒学者・新井白石は、土屋家・家臣として青年時代の数年をこの地で過ごしています。
場 所 : 君津市久留里地先 連絡先 : 久留里城址資料館 0439-27-3478
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南房総市
【岡本城址】
南房総市
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岡本城址は、北条氏との海戦に備えて作られた里見氏8代里見義頼の居城跡です。現在、里見公園として多くの人々に親しまれています。館山市に移るまで約20年間使用されたと伝えられています。高台からは海岸沿いに広がる町並みが一望できます。また、桜の名所として知られています。近くには、涸れることのないといわれる「枡ヶ池」が残っております。南房総市の史跡に指定されました。
場 所 : 南房総市富浦町豊岡字要地先 里見公園 市指定史跡 連絡先 : 南房総市観光協会富浦観光案内所 0470-33-3660
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【宮本城址】
南房総市
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宮本城址は、里見成義(2代)が稲村城(現館山市)の支城として築いた城です。5代里見義豊は幼少時をこの城で育てられ、成人した後に宮本城の城主になれる筈でした。叔父である第4代里美実堯との約束がはたされないのを怨み、里美実尭の討伐を計画して、稲村城を占拠したが、里美実尭の長子里見義尭に敗れて享年21才で死去しています。その法号は「高厳院殿長義居士」です。奥方も自刃して法号は「一渓妙周大姉」です。現在の館山市南条地区の姫塚に眠っています。年齢は僅か16才でした。
場 所 : 南房総市富浦町大津地先 市指定史跡 連絡先 : 南房総市教育委員会 0470-46-2963
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【滝田城址】
南房総市
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滝田城址は、滝沢馬琴の長編小説「南総里見八犬伝」の冒頭の舞台となったところです。城址近くには、伏姫が八房に乗って天を翔る姿を現わしたブロンズ像が立っています。その奥に立つ朱塗りの望楼から三芳野を一望することができます。昭和62年(1987年)12月11日に南房総市の史跡に指定されました。
場 所 : 南房総市上滝田1531-1外 市指定史跡 連絡先 : 道の駅「三芳村」鄙の里 0470-46-2963
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【里見公園】
南房総市
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里見公園は、南総里見氏8代里見義頼の居城跡です。対岸の北条氏との海戦に備えた城跡のため、高台にあります。高台からは高浦湾や海岸沿いに広がる町並みが一望できます。眺めの素晴らしいところです。城跡のために登る道が細く急坂です。桜の名所として知られています。公園内にある岡本城址跡が史跡に指定されています。
場 所 : 南房総市富浦町地先 里見公園 連絡先 : 南房総市観光協会富浦案内所 0470-33-3660
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