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『県指定史跡』という関連キーワードがついているイベント・観光情報一覧 ( 該当26件 )

千葉市
【月の木貝塚】
千葉市
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月の木貝塚は、縄文時代中期から後期に形成された東西150m・南北200mの大型馬蹄形貝塚です。昭和26年(1951年)、10㎡の発掘を行ったところ、4軒の竪穴住居址が発見されました。その際、石斧、石皿、石鏃(せきぞく)の他、猪牙製の斧、骨製のヤスなど珍しい遺物が出土しています。特に注目できる遺物はクジラの脊椎骨で、現在加曽利貝塚博物館に展示されています。
場 所 : 千葉市中央区仁戸名町289-1 国指定史跡 連絡先 : 千葉市生涯学習振興課 043-245-5962
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【大覚寺山古墳】
千葉市
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大覚寺山古墳は、全長約66mの規模を誇る前方後円墳です。舌状台地の先端部を利用して造られたこの古墳は、墳丘形態や立地等に古式古墳の様相をよく残しており、築造年代は五世紀前半と推定されています。昭和45年(1970年)に宅地造成の際に発見され現在、史跡公園として整備・保存がされています。昭和46年(1971年)に千葉県の史跡に指定されました。
場 所 : 千葉市中央区生実1861-1 県指定史跡 連絡先 : 千葉市生涯学習振興課 043-245-5962
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野田市
【野田貝塚】
野田市
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野田貝塚は、縄文時代後期(約3500年前)の遺跡です。別名清水貝塚ともいわれております。奥東京湾の東岸に発展した支谷の奥部に形成された貝塚です。東に開口する馬蹄形をしています。南関東地方の馬蹄形貝塚として典型的なものです。千葉県の史跡に指定されました。
場 所 : 野田市清水551−1 県指定史跡 連絡先 : 野田市社会教育課 04-7125-1111
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柏市
【北ノ作1号・2号墳】
柏市
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北ノ作1・2号墳は、手賀湖畔霊園の近辺に4世紀後半のものと推定され,千葉県内の代表的な前期古墳群の一つと言えます。この古墳の出現により、千葉県北西部地域でも古くから古墳文化が波及した地域の一つであることが判明しました。出土品の中の壷1点が「房総風土記の丘資料館」で見られます。古墳時代にタイムスリップすると開けるのは古代人の夢です。平成7年(1995年)3月県指定史跡となりました。
場 所 : 柏市片山1161外 県指定史跡 連絡先 : 柏市文化課 04-7191-7403
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【藤ケ谷十三塚】
柏市
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藤ケ谷十三塚は、十三仏塚、十三人塚、十三経塚など20数種類の呼称があります。鎌倉時代頃から江戸時代にかけて構築された遺構です。通例、円形ないし方形状の塚が一直線上に並んでおり、中央の親塚と呼ばれる大きい塚が一番大きく、直径5m、高さ1m程あります。その両側にある6個づつの小塚の直径は約2.5m、高さ0.2~0.5mで、これらの塚は約6m間隔で並んでおり全長は約73mです。十三塚は完全な形で保存されてる珍しく、全国的にも稀少で日本における民間信仰を考える上で大変重要な文化財です。
場 所 : 柏市藤ヶ谷 347-2 県指定史跡 連絡先 : 柏市文化課 04-7191-7403
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市原市
【姉崎天神山古墳】
市原市
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姉崎天神山古墳は、通称・天神山と呼ばれます。姉崎丘陵上に点在する古墳群中最大規模の前方後円墳です。全長130m、前方部幅50m、後円部径67mの規模です。築造年代は群中でも早い古墳時代前期と推定されています。発掘調査は行われていませんが前期古墳としては県内最大の規模を誇り、養老川下流域の勢力が重要な位置を占めていたことを示しています。墳丘上のくびれ部には菅原神社(200本の桜の名所)が建ちます。昭和48年(1973年)3月2日に千葉県の史跡に指定されました。
場 所 : 市原市姉崎2483・2489 県指定史跡 連絡先 : 市原市ふるさと文化課 0436-22-1111
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【姉崎二子塚古墳】
市原市
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姉崎二子塚古墳は、東京湾の旧海岸線から800mほどの距離にある標高5m前後の砂丘上に立地し、主軸長106m・前方部長54m・後円部径52mの前方後円墳で、姉崎古墳群を代表する大型古墳です。昭和22年(1947年)の発掘調査により鏡・首飾・冑片・銀製耳飾など豊富な副葬品が出土し、円筒埴輪列が検出されました。これに先立つ昭和20年(1945年)に偶然出土した直弧文付き石枕(國学院大学蔵)は国の重要文化財に指定されています。5紀前半の築造と推定され、のちの上海上国造(かみつうなかみのくにのみやつこ)に連なる人物の墓と考えられます(姉埼神社管理)。
場 所 : 市原市姉崎字二夕子1762 姉崎二子塚古墳 連絡先 : 市原市ふるさと文化課 0436-23-9853
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我孫子市
【水神山古墳】
我孫子市
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水神山古墳は、4世紀末の造立で東葛飾地方最大の前方後円墳です。長さ63m、東側の前方部の幅28m、西側の後円墳の径32m、高さ5mの古墳です。割竹形木管、管玉、小玉刀子(とうす)、針束が出土しました。隣の香取神社境内に2期の古墳が残っています。平成4年(1992年)2月28日に千葉県の史跡に指定されました。
場 所 : 我孫子市高野山443-4 県指定史跡 連絡先 : 我孫子市教育委員会文化・スポーツ課 04-7185-1583
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成田市
【小野派一刀流祖・二代目の墓】
成田市
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小野派一刀流祖・小野忠明、二代目・小野忠常の墓は、成田高校北側の丘陵内にあります。小野派一刀流は、小野忠明により開かれ柳生流と共に徳川将軍家に採用され隆盛を誇りました。流祖・小野忠明は房州御子神村(現南房総市丸山町)の生まれです。一刀流開祖・伊藤一刀斎景久に入門し、一刀流の正統を伝え、徳川家康に仕えました。元和3年(1617年)に成田市寺台の地頭となり、寛永5年(1628年)に死去しました。二代目小野忠常は、三代将軍徳川家光の指南番となり小野派一刀流の隆盛に大きく貢献し、寛政5年(1665年)に没しました。
場 所 : 成田市寺台574 永興寺 県指定史跡 連絡先 : 成田市生涯学習課 0476-20-1534
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佐倉市
【佐倉順天堂記念館】
佐倉市
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佐倉順天堂記念館は、天保14年(1843年)に佐倉藩主・堀田正睦が招いた蘭医の佐藤泰然が開いた診療所兼蘭医学塾です。「旧佐倉順天堂」として、昭和50年(1975年)に千葉県の指定史跡に指定されました。昭和60年(1985年)からは佐倉順天堂記念館として一般公開しています。館内には順天堂関係の医学資料や門人の遺品などを展示しています。
場 所 : 佐倉市本町81 県指定史跡 連絡先 : 佐倉順天堂記念館 043-485-5017
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神崎町
【西の城貝塚】
神崎町
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西の城貝塚は、縄文時代早期初頭に属し我が国でも最も古い貝塚です。淡水と海水の接点に生息するヤマトシジミを主体とし、淡水産のタニシ、カワニナ、海水産のハマグリ、オキシジミからなる径20mの主淡貝塚です。本貝塚は縄文人が初めて食料資源を海に求め貝塚を形成したものです。貝塚文化と呼ばれる千葉の縄文文化の初めの頃のものとして重要です。わくわく西の城敷地内にある貝塚は、遠い太古の古より本町の地に人類が生活していたことを知ることができる県下でも貴重な貝塚として知られています。
場 所 : 香取郡神崎町並木671 県指定史跡 連絡先 : 神崎町教育委員会 0478-72-1601
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茂原市
【荻生狙徠勉学の地】
茂原市
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荻生狙徠の地は、JR外房線本納駅から約500mの地点に位置し昭和50年(1975年)11月14日に千葉県の史跡として指定されました。指定地に黒御影石の碑が建てられています。荻生狙徠は、寛文6年(1666年)江戸二番町に生まれ、14歳の時、父方庵が時の将軍徳川綱吉の咎をうけ、家族とともに母の実家のあるこの地に移り住みました。荻生狙徠は、ここで林羅山の著「大学解」(狙徠の「政談」には大学諺解とある)などの漢籍を学び、後に広く群書に通じた大儒者となる基礎を築きました。
場 所 : 茂原市本納2976-1 県指定史跡 連絡先 : 茂原市生涯学習課 0475-20-1559
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長南町
【能満寺古墳】
長南町
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能満寺古墳は、芝原能満寺前の丘陵上にある墳長73.5mの前方後円噴で、4世紀初頭の築造と推定されます。昭和22年(1947年)の明治大の発掘調査により、舟形木炭槨と呼ばれる埋葬施設と銅鏡、銅鏃、鉄剣、鉄刀、玉類、鉄製道具類などの副葬品が見つかりました。房総の大型前方後円墳として最古のグループに属しており房総古代史を紐解く上で重要な遺跡といえます。昭和33年(1958年)4月23日に千葉県の史跡に指定されました。
場 所 : 長生郡長南町芝原3829 県指定史跡 連絡先 : 長南町生涯学習室 0475-46-1194
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館山市
【安房国分寺跡】
館山市
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安房国分寺跡は、昭和51年~53年(1976年~1978年)に実施された現国分寺境内を中心とする地域の発掘調査で、掘り込み地形による版築遺構が出土されました。規模は東西22m、南北15mを測り、金堂基檀跡とみられています。また、安房国分寺使用のものと推定される平瓦や布目痕のある軒丸瓦、礎石、円筒状の三彩獣脚1点などが出土しています。安房国分寺の創建は奈良時代末頃という説があります。平成4年(1992年に千葉県の史跡に指定されました。
場 所 : 館山市国分959 県指定史跡 連絡先 : 館山市生涯学習課 0470-22-3698
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【洞窟遺跡】
館山市
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安房神社洞窟遺跡は、井戸の開削工事の際に偶然発見され、昭和7年(1932年)に調査が行われました。安房神社の境内(丘陵西南麓)に所在し、高さ2m、幅約1.5m、全長約11mの東北部に開口部をもつ海食洞です。現在は地表面より約1m下に埋没しています。発掘の結果、貝輪や小玉のほか抜歯のある人骨や縄文土器、古墳時代の土師器も出土しました。千葉県の史跡に指定されています。
場 所 : 館山市大神宮589 県指定史跡・安房神社 連絡先 : 安房神社 0470-28-0034
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木更津市
【金鈴塚古墳】
木更津市
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金鈴塚古墳は、飛鳥時代(7世紀)頃の前方後円墳と推定されています。もとの大きさは約95mと見られています。現在では墳丘ほとんどが削られ後円部の一部と横穴式石室を残すのみとなっています。石室には箱形石棺が安置されており今でも外部から見ることができます。古墳からの出土品は金鈴塚遺物保存館で保存・展示しています。金鈴塚古墳は千葉県の史跡に指定されました。また、純金製の鈴のほか出土した多くの副葬品は国の重要文化財に指定されています。
場 所 : 木更津市長須賀430 県指定史跡 連絡先 : 木更津市郷土博物館金のすず 0438-23-0011
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鴨川市
【古泉千樫誕生地】
鴨川市
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古泉千樫誕生地は、アララギ派の歌人・古泉千樫の生家。市内細野の農家の長男として生まれ、敷地や井戸が昔のまま残っています。古い面影を残す椿の井戸を中心に公園として整備されています。古泉千樫は、伊藤左千夫の門下生で斉藤茂吉、島木赤彦、長塚節と並び雑誌「アララギ」の発展につくし、平淡な中にも誠実に即した歌風で日本近代短歌史上不滅の地位を築きました。日本近代短歌史に名を刻んだ歌人・古泉千樫を偲び公園内に「みんなみの 嶺岡山のやくる火の こよいもあかく みえにけるかも」の歌碑が設置されています。
場 所 : 鴨川市細野693 連絡先 : 鴨川市教育委員会生涯学習課文化振興室(郷土資料館内) 04-7093-3800
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君津市
【近江屋甚兵衛の墓】
君津市
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近江屋甚兵衛の墓は、人見神社の緑に囲まれた青蓮寺の境内にあります。近江屋甚兵衛は、明和3年(1766年)江戸四谷に生まれ子供もなく妻に先立たれた孤独の身であった55歳の甚兵衛は、浅草ノリの商人のかたわらノリの養殖と製造を決意し多くの人々や村々から反対されながら研究したといわれています。当時、ノリは品川、大森にしかできないといわれていましたが、河水の注ぐ遠浅の海に「ひび木」を立て込めば必ず成功すると固い信念が実りノリの養殖に成功しています。
場 所 : 君津市人見1-11-7 青蓮寺 県指定史跡 連絡先 : 君津市生涯学習課 0439-56-1697
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【九十九坊廃寺址】
君津市
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九十九坊廃寺址は、建築年代は八世紀最終末頃と考えられ伽藍配置は法隆寺式と想定されているが確実ではありません。昭和8年(1933年)に大場磐雄氏などにより発掘調査が実施されました。三重塔とみられる塔跡が確認されました。高さ約1メートルで10メートル平方の土壇で中央に中心磁石があります。両側に南北約1.78m間隔に側柱磁石と考えられる四個の石が残っています。石材はいずれも凝灰質砂岩で、いわゆる房州石が使用されています。遺物は、三重圈文禄四葉単弁蓮華文の軒丸瓦、三重弧文の軒丸瓦、平瓦などが出土しています。
場 所 : 君津市内箕輪191 県指定史跡 連絡先 : 君津市生涯学習課 0439-56-1697
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富津市
【織本花嬌の墓】
富津市
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織本花嬌の墓は、大乗寺の境内に祀られています。女流の俳人織本花嬌は若い頃から文芸に親しみ俳諧を好みました。当時一流の俳諧師雪中庵寥太や小林一茶と親交を結んでいました。文化7年(1810年)4月3日に没し大乗寺に葬られています。花嬌の遺句は、玄孫の泰により句集の編集が進められ作品には「白梅や幹端にかけし干あらめ」「藍くさき此の町早し更衣」などがあります。小林一茶の句集などから「用のない髪と思へば暑さかな」「春風や女力の鍬にまで」などがあり晩年の旅日記「すみれの袖」などが残されています。
場 所 : 富津市富津36 大乗寺 県指定史跡 連絡先 : 富津市生涯学習課 0439-80-1342
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